ここのところお山の家に行くことができません。
この時期は毎年仕事が立て込んでます。
昨年の写真を見ていたら
今から1年前、
9月12日に八ヶ岳高原ロッジ近辺の
海ノ口別荘地帯の中の
素晴らしい景色を楽しめるところを訪ねていました。
8月にチェンバロ・コンサートを聴きに
八ヶ岳高原音楽堂を訪ねましたが
このエリアの中です。
美鈴池
人造湖らしいのですが、それはどうでもいいこと。
それくらい風景にしっくりと溶け込んでいて
水辺の美しさと空の青さには神々しさえ感じます。
この感覚、過去のどこかで経験してる・・・。
なんとも表現できないような清々しさです。
私の祖母は明治38年生まれ。
函館の女学校に学び、
10代から東京に出て声楽の勉強していました。
当時の父上(私にとって曽祖父)は超遊び人。
「呑む・打つ・買う」で身上を潰してしまったとのこと。
東京に住まっていた大正時代末は
本宅と妾宅を行き来していて
そして祖母が19歳の頃に事件が起こります。
「父と別れてください」とお妾さん宅に乗り込んだから、さぁ大変。
その当時の親戚中が震撼とするような武勇伝。
そんな気骨のある明治女です。
戦時中、終戦後といろいろな苦労をしたからか
私たち孫にとっては、とてもやさしい祖母でした。
昭和48年に60代の若さで他界しました。
お墓に納骨されたのは参列していたので覚えています。
そのころは知らされてませんでしたが
遺言が「大好きな上高地に散骨してほしい」だったとのこと。
母や伯母など、直接それを聞いた人たちが
それを遂行した様子はなく、
そして、その人たちもすでに80代。
きっと遺言を忘れることはなかったでしょうが、
もう、自分のことで精いっぱいになってます・・。
お手伝いを頼まれれば考えますが、
美しいこの美鈴池の写真を見て
亡き祖母を偲ぶこととします。